公認スポーツ栄養士尾出翔子さんのインタビュー後編です。
安定した公務員からBリーグの管理栄養士に転職した話、Bリーグでは実際にどのような栄養サポートをされていたのか、バスケ選手における栄養管理の必要性についてお聞きしました。
――安定した公務員を辞めてBリーグの管理栄養士になることを決めた時の心境や決め手はありますか?
新型コロナウイルス感染症が拡大している時期で、保健所内の流動配置により管理栄養士の業務ができていないタイミングでした。
日々の業務はとにかく必死で、公務員なのに土日関係なくシフト制で勤務し、常に電話対応に追われていました。電話対応開始時間から電話は鳴り続け、市民への対応と病院への濃厚接触者の検査依頼など、1つの電話を切ってはすぐにまた電話が鳴り、電話対応記録が10件以上溜まってしまったこともありました。
ピーク時では、電話対応終了時刻の夕方にようやく昼食がとれる…という日も数日あったことを思い出します。業務がある日は疲労困憊で家に着いたらすぐに寝て、そのまま次の日を迎える…という生活でした。
振休で平日に休みを取った際、とにかく疲労困憊だったので何も予定を入れずぼーっと休んでいました。そんな時に「こんなに毎日必死に管理栄養士業務でない業務をやって私は何をしてるんだろう…。公務員だから市民のために専門領域を越えて仕事をするのは当然だけど、スポーツ栄養という目指すべき道がある私はこんな時間の使い方でいいのかな…」と考えていました。
そんな時にスポーツ栄養協会でBリーグチームの公認スポーツ栄養士募集があり問い合わせたことをきっかけに転職をしました。非常に悩みましたが、職場の上司が「人生一度きりだから悔いがないように!」とか「この資格を持っている人も少なくて滅多にない機会だから前に進もう!」と背中を押してくれたのが大きかったです。
実際転職してみて、予想通り大変なこともたくさんありましたが、それを乗り越えられたのは「自分のやりたい仕事ができている」ということが大きなモチベーションになっていたと思います。
――Bリーグではどのような栄養サポートをされていましたか?
チームの専用施設である食堂ができたタイミングだったため、食堂運営業務をはじめトップおよびユースの個別サポートと栄養講習会を担っていました。また、試合時の補食提供と遠征先ホテルとのメニュー調整を行っていました。

↑トップチームの献立

↑ユースチームの栄養講習会資料
プロバスケ選手はトップ選手ということもあり食に対するこだわりが強く、また外国籍選手もいるため個人対応の幅をきかせた献立作成が必要です。食べてもらうことが第一目的なのでより選手に寄り添った対応を心掛けていました。
——例えばどういった個別対応をされていたのですか。
試合前は絶対うどんが食べたい選手、ご飯が食べたい選手がいるので両方対応できるように準備していました。
主菜の鶏肉料理であればサイズも150g、200g、250gと幅をきかせて準備していました。
また肉類はシンプルな味付けにしてソースも何種類か用意し、肉のサイズ・ソース共に選手がコンディションなども考慮したうえで自分で選べるようにしていました。自分で選べるようにしたら喫食率も上がりましたね。


あとはトマトや人参が苦手な選手がいたのでその選手向けにその食材を抜いた小鉢を用意したり、選手ごとの肉の量や好き嫌いをまとめた表を作成し調理師さんと共有して個別対応をしていました。

食堂のカウンターにはヨーグルトやジャム、100%果物ジュースなどもいくつか用意しておき選手が自由に選んで取れるようにしていました。


——選手とはどのようにコミュニケーションを取っていましたか。
配膳時には必ず食堂に立ち選手一人ひとりの調子などを伺いコミュニケーションを取っていましたね。
外国籍選手とのコミュニケーションはカタコトの英語とボディランゲージで行っていました。「(盛り付け量は)ビッグサイズ?スモールサイズ?」と聞くと小さい声で「…スモールサイズ」や「a little…」とジェスチャー付きで答えてくれたりしました。
――遠征先のメニュー調整はどのようにしていましたか。
なかにはコンディションを踏まえて食べ慣れない味付けを避ける選手もいます。
そのため、遠征先ホテルの食事を食べ慣れた味付けに近づけることを意識してホテルスタッフと調整していましたね。
――試合時の補食はどのようなものを準備していましたか。
チームの希望で、日本人選手も外国籍選手も大好きな「手作りおにぎり」と「カットフルーツ」を用意していました。おにぎりの種類は4種類(ツナマヨ・鮭白ごま・梅・鶏そぼろふりかけ)用意していました。


——おすすめのおにぎりの具はありますか?
魚って普段摂らない人が多いと思うんですよね。なのでたんぱく質、ビタミンDが摂れる鮭が個人的にはおすすめだったんですが、外国籍選手を中心にツナマヨが人気でしたね。なのでツナマヨを多めに用意していました。
フルーツは季節にもよりますが3~4種類用意していました。
その他、マネージャーさんがサンドイッチ等を購入して試合会場に持って行ってくれていました。
試合会場でアップ前の準備時間に食べたり、残っていれば試合後に食べている選手もいました。衛生面も考慮して、クーラーボックスで管理してもらっていました。

——バスケ選手にとって補食は重要なのですね。
プロ選手はジュニア選手に比べて体格が大きく、その分1試合で消費するエネルギーも多いです。その選手の体格や目的などにもよりますが1日に3000kcalから、中には5000kcal以上必要な選手もいます。エネルギーが足りなければ戦い抜くことはできません。
幸いなことに選手個人としてもチームとしても1試合をハードに戦い抜くためにはエネルギー補給が重要であることを理解していた雰囲気はありました。やはりプロ選手だな~と感心していました。
――Bリーグでの栄養サポートで大変だったエピソード、嬉しかったエピソードがあれば教えてください。
選手全員が「おいしい」と感じてくれる料理を提供することが一番大変だったなと感じています。トップ選手は自己管理能力が高いので、提供している食事内容が自分にはマイナスだと感じた瞬間には食事をキャンセルすることもあります。
宗教的に食べられない食材がある選手もいればアレルギー等で食べられない食材がある選手もいるので、その都度代替メニューを用意したり味付けを自分で選択できるようなメニューにすることも喫食率向上に向けた工夫の1つとして行っていました。
小さい食堂だったので出来ることは限られますが、なるべく選手が望んでいることを取り入れられるように、遠征先ホテルメニューの調整業務のなかで学んだ選手の好み等を普段の食堂でも取り入れるなど、常に「食べに行きたくなる食堂」を目指して工夫していた思い出があります。
嬉しかったこととしては、やはり選手が心から「おいしかった」と言ってくれたり、和みの場として食堂で食事のことをいろいろと話してくれたりしたときは「少し信頼してくれたかな」と感じる瞬間でした。
――今後の日本バスケ界の栄養についてどうなっていくべきだと思いますか?
バスケ界に限らずですが、選手に寄り添った対応をすることで信頼関係が生まれて、良い食環境とコンディショニングに繋がっていくと思うので、選手が管理栄養士を頼ってくれるような関係性をつくることが第一歩かと思います。
——最後に、バスケ選手にとって栄養管理はなぜ必要なのでしょうか。
バスケットボールという競技は、強い身体がなくては勝てない競技であると私は思っています。接触プレイが競技特性の1つでもあり、筋量が少なかったり骨が弱かったりするとケガに繋がってしまうほか、身体の強い選手に当たり負けてしまいます。そうならないためには、骨や筋肉の材料をしっかりと食事から摂る必要があります。
それ以外にも、1試合コートを走り続けられるかということも勝利には不可欠なことで、日頃から厳しい走り込みのトレーニングを積むためには身体に見合ったエネルギー摂取が必要であり、エネルギー源になる炭水化物の摂取が重要になります。
これらの知識を十分に理解している選手でも毎日実践することは1人では難しいことが多く、何かしらの周りのサポートが必要になってくるとこれまでの私の栄養サポート経験で感じています。
大学やプロの強豪チームを見る限り、寮や食堂があって練習後にすぐに食事が摂れる食環境が整っているチームの選手はやはり身体が強い選手が多いなと感じています。
私自身も選手としてプレイしていた時期を振り返ると、筋量が増して体が強くなってくるとプレイ面で出来ることが増え、プレイの幅が広がることを経験しているのでよりバスケットボールが楽しくなるのではないかと個人的に感じています。
写真:尾出翔子さん提供

尾出 翔子(Ode Shoko )
1989年生まれ。千葉県出身。公認スポーツ栄養士。東京医療保健大学女子バスケ部主将としてチームを勝つチームへ変化させる。卒業後は公務員として勤務。コロナ禍にBリーグのチームから公認スポーツ栄養士の募集があったことをきっかけに安定した公務員を退職。Bリーグの公認スポーツ栄養士へ転身する。現在は専門学校の職員として働きながら様々な競技のオリンピック選手の栄養サポートをしている。
サポート経歴
(チームサポート)
バスケ、体操、バドミントン、ウエイトリフティング、フェンシング,カーリング
(個人)
バスケ、競輪、サッカー、グランドホッケー、フェンシング、競泳、バドミントン、パラアルペン、スノーボード、陸上やり投げ